生きよう

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2013.08.12 Mon 生きよう

おじさんの葬式に、妻と母と妹と行ってきた。

腰の痛みにのたうちまわる父は、ベッドで時を送る。

自分の弟の葬式にも行けぬのに、痛みのため悲しみよりも、

不満で満ち溢れている。

告別式、夏風邪なのか、坊主のお経の声がひっくり返る。

そのたびに、笑いをこらえる僕の肩がふるえる。

眉間を押さえながら思うのは、

「まるで子供のころに見た、ドリフだな。」

神聖な場所で、神聖な場所だからこそおかしく、

笑ってはいけない場所だから、おかしい。

心底悲しんでもらえる人は、幸せだと思う。

一人の人間が、心底その死を悲しむ人は一握りだろう。


火葬場で白い骨がからからになって、横たわる。

「これが足です、これが俗に言うお皿の部分。

これが大腿骨で、これが喉仏、はっきりと仏様が

現れてますね。そして、これが歯です。

これが耳で、これが指です。」

きれいに残った顔の骨を、

側から子供が触っている。

その子の祖母が小さな声で叱るのだが、

しばらくすると、その骸骨に手を伸ばす。

死んだら、おしまい、南無阿弥陀仏。

死んだら、はじまり、南無阿弥陀仏。

「生まれてきたからには、一日でも長生きしたいわね。」

隣で、91歳の老婆が可愛く笑いながら言う。

詩吟に民謡、カラオケと習いごとは今も絶えない。

愛欲、物欲、食欲、性欲、プライド、、。

白い灰になった命を見た日はいつも、

人の宿命を強く感じながら、

心底、心素直に楽しんで生きたいと思ってしまう。