生きよう

Home > 未分類 > 生きよう

2012.11.20 Tue 生きよう

「あなたは、あれだけ可愛がってくれたお祖父さんの

お葬式にも行かなかったんだから…」

昔、よく両親と呑み、祖父の話が出ると

母が僕に対してチクリと言った。

母は僕を実家のある九州で産んだ。

2か月後、神奈川に戻るとき

祖父は母と同じ寝台車の中、

一睡もせずに僕を抱きかかえていたという。

「頭が揺れて、馬鹿になったら大変だからな」

お前は寝てろと、母を寝かせて

十数時間、僕の頭が揺れないように

抱きかかえていたという。

「ゆっくり寝て、正さんに元気な顔をみせてやれ。」

祖父は父の事を、さん付けで呼んだ。

酒好きの父のことをとても大切にして

自分はあまり酒が呑めないのに、

父が来ると、めい一杯の酒を振る舞った。

酒の強い父が酔っ払って、眠りにつくまで

祖父はどっしりと、朗らかに話に花を咲かせた。

母には許嫁がいた。

ある日、突然父が現れて祖父に娘さんと結婚させて欲しいと許しを請うた。

惚れた男と女が夫婦になるのが一番いいと、

しょうがなかと、話を収め、謝りを入れたのも祖父だ。



「働くことは生きること。」

「仕事とは自分の存在を確認すること。」

バブルの始まりとともに、社会に出た僕は

目まぐるしい日々の中、

社長や会社の幹部連中の前で、

酔っ払いながら、饒舌に話していた。


朝早くに家を出て、

午前零時過ぎに酔った足取りで、家に着く。

酔いを醒まして、彼女に会いにいき

朝方、ほんの数時間眠って仕事に出掛ける。

最終電車ギリギリまで遊んで呑んで帰り、

駅を乗り過ごして、とんでもないところで目覚めて

凍える夜を明かしたり、タクシーもつかまらず、

夜の静かな街を彷徨い歩いたことも何度もある。

めちゃくちゃな数年間だった。

けれど、必死で働き続けた…。



休むことは罪だった。

有給なんてあってないようなものだ。

一年365日、仕事のことを考えさせられ

休日の自主出勤も当たり前だった。

遣り甲斐を求めて、その仕事を選んだ。

小さなアパレルメーカーだった。

入社時、十数名しかいなかった会社。

十数年後にはアルバイトも含めると、

数百人に膨れ上がった。


祖父が亡くなったことを母から聞いた。

年間、数億の売り上げを僕だけでも上げていた。

働かなければいけない。

商談もある。

市場は日々変わる。

一日一日が勝負だ。

若くして、チーフ、係長になった。

働かなければいけない…。



同じ頃、社長の母親が亡くなった。

葬式で手を合わせながら

僕は祖父にすまない気持ちでいた。

他人の葬式で走り回り、

身内の葬式に足を向けた。



会社の業態はぐるりと変わった。

ものを企画して製造して卸すというやり方から

自分のところで作ったものは、

自分の店で売るという形に。



会社の中で流れに取り残されているような気がした。

結婚して仕事だけの日々に疑問を感じ始めていた。

体が悲鳴を上げ始め、仕事仕事でかまってやれない長男は

他人を見るような眼で僕を見た。



いくつかの店をまかされていた。

予算と売上実績に誰もが責め立てられる。

朝礼の後の会議で、社長にいわれた。

「…を辞めさせろ。」

彼女はショップを出し始めた頃の、

初期のメンバーの一人だった。


「いえ、社長。彼女は長く会社のために、働いてくれてます。

一生懸命、店の為にやってくれてます。

僕には彼女をやめさせることは出来ません。」

「それなら、お前はどうやって売上をあげるんだ!」

僕は社長に噛みついて、自力で売上を上げると口にした。


彼女は店長だった。店の女の子には評判が良くなかった。

威圧的で、自分に逆らう子は冷たく無視した。

好き嫌いが激しく、気が強い。

しかし、接客は上手く、責任感は人一倍あった。


長く働いて仕事には慣れているが、

自分の意見を持ちすぎて、素直さがない。

しかし、本当のところは

年をとって角が立ち、売場のイメージに合わない。

会社としては若くて綺麗な女性を

その店の顔にしたかった。



売上はいかなかった。

朝の会議で部長が言った。

「…が、店の売り上げがいかないのは、

お前のせいだと言っていたぞ!

お前が売れ筋商品を入れないからだと言っていた。

お前は社長に噛みついて、彼女を守ろうとしたのになぁ…」

部長はいたわる様な眼で、僕を見て言った。

胸が締めつけられた。

店に行くと、彼女が笑いながら言った。

「昨日、さんざん部長に怒られちゃった!

もっと、頑張って売上を上げろって…」

僕はもう頭に来てはなかった。

そう、彼女も自分が大切なんだ。

生き残るために必死なんだ。

自分をを守るために懸命なんだ。

体の力が抜けて、

僕は言葉を失った。

その日、僕は辞表を書いた。


翌月から退社するまでの2ヶ月間

仕事の内容は露骨に雑用に変わった。

プライスを付けたり、出荷中心に変わり、

アルバイトの連中に混ざって、仕事をこなした。


後輩や昔の部下が声をかけてくる。

僕は冗談交じりに言う。

「俺は負けない!」


退職の日、仕事は昼で終えた。

簡単な挨拶をして、ビルを出た。

原宿の公園に寄った。

十数年前、この会社に入社したとき

同期と帰り道、ここで夢を語り合ったな。

その当時流行ったDCブランドのスーツを着て、

みんなキラキラのお洒落をしていた。

あの日、桜が咲いてた。

とても、綺麗だった。

花びらがひらひら、舞っていた。

僕はカジュアルな格好でベンチに座りながら

花も葉もない2月の終わりの桜の木々を見た。

この桜もあとひと月もすればまた、

花を咲かせるだろう…。



「そんなに一生懸命、働かなくていいんだぞ

お前には辞めてもらうんだからな…」

誰もいないロッカールームの前で、

社長が確かめるように言った。

退職する少し前に交わした会話。

憤りと罪悪感と不安げな目をして、

「お前、自分で店を出さないか?

バックアップするぞ!経営者になれ」

子飼いの社員だった僕にそう続けた。

僕は微笑んで首を横に振った。




自分の住む駅に着いて、

改札を出た途端、

涙が零れおちた。

何も考えないのに

涙があとからあとから

零れおちた。

哀しみとも悔しさとも違う

すべてを洗い流すような

涙だった。

ヒックヒツクと鼻を啜りながら

悲しい顔は見せずに、前だけを向いて

歩き続けた。

涙ってこんなにしょっぱかったんだな…。

これでよかったんだ、これで。


暫くして、妻が子供たちを連れて帰って来た。

「駅前に友達といたのよ。

呼んだのに、気がつかないんだから!」

妻はベビーカーに次男を乗せ

小さな長男を連れ、買い物袋をたくさん持って

元気よく帰ってきて、言った。


鯛の刺身や、料理を並べて

僕の大好きなワインを買ってきてくれた。

「お疲れ様でした!」

ビールをつぎながら妻が笑った。

「明日からどうやって生きようか?」

「いざとなったら、子供をあずけて、私も働くから!」

「実家に転がり込むか?

女房とちっちゃな子供ふたり、

買ったばかりのマンションの借金は数千万か?

最低な父親だな!」

「いざとなれば、売って

最初にもどればいいのよ!」

「そうだな!とりあえず乾杯…」

子供たちがそばで楽しそうに遊んでいた。






十年以上前のことを

書いてみました。


この十年、自殺者は毎年

3万人を超え、この十年で

30万人を超えます。

昨今の不景気は深刻なものです。

多くの失業者が生まれ、

絶望の中、苦しんでいる方々も大勢います。


僕は十年前、

自分自身に向かって言いました。

俺は負けない

悔しかった、、、


今、どこかで

苦しみながらこのブログを

読んでいる人がいるならば

伝えたい


負けるな!

挫けるな!

ファイトだぜ!


俺はあの日、自分の事を

冬の桜だと思った

お前も桜だよ!

今は寒くて、葉も花もないけれど

やがて春が来て、

きっと満開の花が咲く!


だから、

ぶざまでも

みっともなくても

踏ん張って、生きろ

きっと、春はやってきて

花は咲く


俺、ぶざまだったよ

だけど、

なんとかなった。

とりあえず、

生きよう。

絶対に、

あきらめるなよ!

這いつくばっても

ゲロ吐いても

みっともなくても

生きろ

生きろ

生きろ

生きよう !


2009.05・01 記す